こふん日記

2011年の旅行記 メコン編、中央アジア編、チベット編

カンボジア7 バッタンバン

2011年3月21日

宿で借りた自転車はおそろしく転がりが悪く、漕いだ分だけしか進まない。加速と慣性の法則が当てはまらない自転車に四苦八苦していた。3月下旬のカンボジアは乾季から暑季への移行期でとにかく暑い。このぼろい貸し自転車を選んだ自分が恨めしかった。
僕は、バッタンバンから国道57号線を西に向かって自転車を走らせていた。遮るものなく照り付ける太陽と、棒のようになった脚が前に進ませまいと立ちはだかる。汗だくになった顔を拭うために自転車を止め、少し休むと漕ぐ力は回復する。しかしそれも束の間で、走り始めるとすぐまたペダルを踏み込めなくなる。立ち漕ぎでちょっと距離を稼ぐと、拭いたばかりの額にはいつの間にか汗が滲んで、一休みする。

これを繰り返して進むと、寝袋のような形をしたプノンサンポウという丘が現れた。麓からは寝袋の反対側に向かって参道が続き、やがて顔だけ彫り出された大仏像に行き着くと階段が現れる。自転車を停め、ここからは徒歩でこの急な階段を登っていく。ここに至るまでの自転車漕ぎで既にたっぷり乳酸が溜まった大腿は悲鳴を上げ、全身からは噴き出るように汗が噴き出る。何を好き好んで自分はこんなことをしているのだろうとふと思う。
プノンサンポウは丘全体が寺院の集合体を形成し、頂上には立派な仏塔が建てられている。ここまで登れば、苦労に報いるだけの景色が待っている。地平線まで見渡す限り広がる緑の田園。バッタンバンが豊かな土地であることを実感できる場所だ。

しかし本当に見るべきものは丘の中腹にあるキリングケーブと呼ばれる洞窟群だ。ここもクメールルージュの虐殺のあとが残る場所である。小さい方の洞窟には、カゴの中に色々なパーツの人骨が無造作に散乱している。これだけでも十分陰鬱な気分にさせられるが、気力を振り絞って更に深い洞窟へと降りていった。50度ほどの急な階段を下っていくと、少し空気はひんやりしている。まず目に入るのは金色の大きな涅槃仏だ。そしてその隣にはいよいよ、ここをキリングケーブたらしめる碑がある。チャウエクの小型版とでもいうべきガラスケースで、中には百人分ほどの人骨が収められている。クメールルージュに殺された人々は、洞窟の天井に開いた穴から無造作に放り込まれた。その後、白骨化したものが拾い上げられ祀られている。チャウエクと比べるとここのガラスケースはずっと小さい。それでも間近で覗きこむと妙な感覚に襲われた。頭蓋骨が僕に向かって何かを語りかけているような気がしたからだ。思わずハッとなって後ずさりした。

キリングケーブからバッタンバンに戻り、今度は南にあるワイナリーへ向かった。カンボジアで葡萄ワインを作っているのは、おそらくバッタンバンだけだ。1ドルで試飲ができる。少し渋めの赤だった。どちらかというとベトナムのダラトワインの方が好みかな。ただ喉が渇きすぎてワインの味が評価できない状態だった。
さてワイナリーの写真を撮ろうとするとカメラが起動しなかった。電池切れ?朝に充電したばかりなのにえらく早いと思った。諦めてホテルに戻った。電池を入れ替えてみたが、それでも全く作動しなかった。もう一つの電池に替えたり充電器につないでも、それは同じだった。壊れてしまったのである。水深10メートルの海に沈んでも大丈夫だったカメラは、水に濡れた訳でも落としたわけでもないのに、キリングケーブの骸骨たちを収めたのを最後に動かなくなってしまった。まさか呪いではないと信じたい。