こふん日記

2011年の旅行記 メコン編、中央アジア編、チベット編

鄭州 黒川紀章の足跡をたずねて

9月14日 鄭州

鄭州に移動した僕は、宿泊拒否の洗礼を浴びていた。蘭州のように飛び込みですっと招待所に泊まれたのと落差が大きすぎて困惑していた。一般的に、中国では外国人の宿泊には「登録」が必要になる。この「登録」には2つあって、外国人を受け入れる宿泊施設として登録する宿側の事前手続きと、外国人を泊めた際に公安に届ける事後の手続きとがある。観光客の少ない鄭州では、外国人受け入れ施設として登録されている安宿がほとんどなかった。また、大都市鄭州では蘭州のようなもぐりの招待所なぞ見当たらない。街じゅうを歩き回り、ビジネスホテルを一軒一軒あたってようやく何軒目かで宿泊可能なホテルを見つけることができた。

ところで鄭州を帰りの経由地にしようというアイデアが浮かんだのは、アスタナである。おさらいをすると、カザフスタンの首都であるアスタナは1997年にアルマトゥイから遷都された人工的な街である。この街の都市計画を設計したのが黒川紀章だった。
アスタナの街を目にした時、僕は軽く衝撃を受けた。街全体の緻密で立体的!な設計や、奇抜な現代建築がそこかしこに林立している街の雰囲気が、今まで体験したことのないものだったからだ。それは写真で予習して想像していたよりずっと魅力的だった。そこで黒川紀章が設計した街がほかにないか調べてみると、中国の鄭州に黒川が再開発を手掛けた地区があるということだった。それで鄭州にやってきた。

再開発が行われた地区は、街の中心から少し離れた場所にある。如意湖という人造湖にホテル、コンベンションセンター、高層住居といった商業拠点が作られた。
ホテルに荷物を置いて、シャワーを浴びて一寝入りしてから如意湖に向かった。バスで30分ほどだったと思う。如意湖に着いた時には日は沈んでいた。如意湖周辺に人はあまりいなかった。

如意湖再開発地区の構成は、如意湖を中心に何層かのドーナツがあり、ドーナツの内層に展示会場やホテルが建てられ、外層はタワーマンションが取り囲む。そして内層と外層の間に片側5車線の広い環状道路が走る。直線でなく円でつなぐ発想がアスタナと同じで黒川紀章らしいと思った。ただ5車線を走る車は圧倒的に少なく、不気味さが漂う。

如意湖のへりに設けられた木板の遊歩道に沿って湖の周りを1周してみた。遊歩道は湖面に近い低いところに架けられており、手を伸ばすと水に手を触れることもできる。これも黒川のこだわりだろうか?南側にはトウモロコシ型のマリオット・ホテルが建設中。完成すると高さ280メートルになるらしい。サマルカンドの遺跡でやられていたような光のショーが建設途上のホテルを照らす。その西隣はアートセンターのエリアで、卵の形をした劇場や音楽ホールなどが並び、中心にオベリスク風の塔が聳える。ホテルの東隣は巨大なコンベンションセンターだ。どれも奇抜な現代建築である点もアスタナと共通している。

遊歩道に腰を掛けた。鄭州の空気は生ぬるかった。暑いわけでもなければ涼しくもない。湖面が近いからなのか湿気を感じるのだが、決して不快なものではなくすべてが丁度良い塩梅だった。湖の向こう、正面に巨大な卵型のアートセンターとオベリスクが見える。水面をすぐ触れることができるという自然の近さと圧倒的な現代建築の奇妙な組み合わせが、非現実的で幻想的な感覚に誘われるのだった。自分の旅の中でもこれほど気持ちの良い生ぬるさを味わったことはない。旅の緊張がゆっくりと解けていくに身をゆだねた。