こふん日記

2011年の旅行記 メコン編、中央アジア編、チベット編

ベトナム縦断24 サイゴン

2011年3月7日

夜は遅くまで近隣のディスコの音で寝られず、朝は5時にバイクの音がやかましくて目が覚めた。ベトナム人は北部でも南部でも関係なく本当に早起きだ。その代わりに彼らはたっぷりと昼寝をする。そこは羨ましい限りだ。
気になるのは昼寝の習慣が健康や仕事によい影響を及ぼすかどうかである。少なくとも日本では1時間以上昼寝することは推奨されていない。夜寝付きにくくなることと、認知症と長時間の昼寝が関連付けられているからだろう。しかしこれを額面通りに受け取ると、ベトナムや同様にシエスタの習慣があるスペインで認知症が多いことになってしまう。本当にそうなのだろうか?
認知症の3割から5割に睡眠時の無呼吸があることを踏まえれば、「認知症の人は、夜に息が止まり眠りが浅いから昼寝をよくする」現象を見ている可能性もある。同様に「長時間昼寝する人は寿命が短い」という話も「睡眠時無呼吸の人は病気にかかりやすい」ことの言い換えかもしれない。
ベトナムの平均寿命は76.0歳。これは隣国カンボジアラオスの68.7歳、65.7歳と比べて圧倒的に高く、先進国タイの74.9歳と比較してもなお高い。発展途上国としては驚異的な数字だ。またスペインの平均寿命も82.8歳で、ヨーロッパではスイスに次いで高い。となれば実は昼寝は健康に良いのでは?という疑問が浮かぶ。ただ、もしも「働き方改革」に昼寝の推奨が盛り込まれたら、昼寝倒して夜残業代を付けまくる人が続出する予感しかしない。

カーテンを開けた。空一面を淡い橙に染める朝焼けがきれいだ。それだけでこの部屋にして良かったと思う。そして、昨日からずっと気になっていたのが、遠くに見える高層タワーだ。サイゴンで飛び抜けて高く、屋台で売っているパイナップルバーのような現代的なデザインが、サイゴンの街に溶け込むことなく異彩を放っていた。一体何なのか確かめたくなった僕は、タワーの方角をコンパスで確認し向かうことにした。
タワーは高いので見失うことはない。東へ進むこと30分ほどで、意外とすんなりタワーの足元に辿り着いた。ここはビテクスコ・フィナンシャルタワーというオフィスビルらしい。展望台もあるようだが、一般客が入れるのは13時以降だというので出直すことにした。
近くのカフェでアメリカンブレックファーストを食べた。バケットが美味しいが、80kDと物価が跳ね上がって金銭感覚が狂いそうなのが悩ましいところだ。そのまま宿に戻らず市内観光を続けることにした。ホーチミン市博物館、統一会堂、人民委員会ビル、戦史博物館などを見て回った。
よく覚えているのは統一会堂にたくさんトイレがあったことと、プレイエルのグランドピアノが置かれていたことだ。プレイエルショパンが愛したフランスのピアノメーカーだが、希少な大型グランドピアノがこれだけ良好な状態で残っているのには驚嘆した。
そして素通りしてはならないのが、ティック・クアン・ドゥックの焼身自殺の写真だ。サイゴンから旅を始めた人は、これが何の写真か分からないだろうからフエまで忘れないように、そしてフエから南下してきた人は途中のビーチに記憶を置き忘れている頃だろうから思い出すようにしてください。

あと西洋的な部分と並んで忘れてはならないのが、サイゴンのチャイナタウン、チョロンだ。クアンアム寺、フォックアン会館に足を踏み入れば、コロニアルの対極にあるおどろおどろしい異様な雰囲気が待ち構える。締めに東源鶏飯でコムガー、鳥のせご飯を食べるのがセットだ。個人的には鶏とBBQポークのミックスを推したい。物価もまるで違うのだ。路地のカフェだとオレンジジュースとお茶と水が付いて7kD。朝のカフェの10分の1だった。

駆け足で回ったが、サイゴンの観光は朝10時までが限界だ。さっと宿に戻る。牛乳とパンを頬張りながら横になる。昼はただ寝るだけしかできない。
夕方になったころ合いを見計らって、例のタワーに出掛けることにした。テラスの一つ下、49階が展望台になっていて入場料が200kD。値段も飛び抜けて高いが景色は忘れがたい。西側つまりサイゴン川右岸にはビルがたくさん立ち並ぶ街の中心部が見える。東側にはぐるりと円を描いて蛇行するサイゴン川。円に囲まれた左岸は湿地帯でまだまだ開発途上だ。ここもいつかは近代的なビルが建てられていくのだろうか?いつかまた来た時に比較できるように写真に収めた。やがて日が沈んで夜になった。サイゴンの夜は光量が少なく、今はまだ夜景に迫力が足りない。だが足元を覗きこむと、サイゴン川沿い大通りを走るバイクたちがまるで蛍の群れのようで圧巻だった。
タワーを降りて大通りの前に立った。このトンドクタン通りはおそらくベトナムで最もバイクの交通量の多い道路だ。入る隙がないくらいの大量のバイクが左から右に次々に流れていく。通りの対岸は何層ものバイクの向こう側だ。これを横切るのがベトナムの卒業試験と思って前へ出た。
ベトナムを旅行する上で、バイクが行きかう大通りを渡ることは避けられない。渡れるはずがないと最初思っていたのが、ある日スッと渡れる瞬間がやって来る。ポイントは「向かってくる1台のバイクが自分の前を走るか、後ろを走るか」を判断することだ。バイクも歩行者の右を走るか左を走るか判断しようとしているので、アイコンタクトを取って歩調を合わせる。これが出来るようになると、どれだけバイクが多くても、1台1台クリアすることで対岸に辿り着けるようになる。更に慣れてくると、まるでバイクが存在しないかのように自分の歩調で歩いているだろう。やってはいけないのは、急に駆け出したり後退したりすることだ。特に後ずさりは、バイク側が全く想定していない行為なので非常に危ない。さて、トンダクトン通りはかなりの交通量で、さすがにマイペースでとはいかなかったが、無事何とか往復することが出来た。

夕食は昨日と同じくイタリアンで一人ディナーだ。ダラトワインとトマトソースシーフードパスタ。ダラトワインは飲みやすい赤だった。ボトルで飲んでも安いはずなので、呑兵衛の選択肢が沢山ある。

明日は移動日だ。どうするか考えなくてはならない。ただダラトワインの眠気とディスコの大音量で思考が妨げられる。明日のことは明日に考えよう。