こふん日記

2011年の旅行記 メコン編、中央アジア編、チベット編

ベトナム縦断31 ハティエン

2011年3月14日

まとまった時間眠ることが出来た。覚醒後も眠気が残る。眠気を感じられるくらいに日焼けの痛みが和らいできた。眠いと言う感覚そのものが心地よかった。ハティエンの町もこの宿も、どこか落ち着けるのだ。
朝食は昨日と同じチャオガーの店。やっぱり美味しい。3食すべてお粥でいいと思ったが、この屋台は朝早くに粥を売り切ってしまうとテーブルと籐の椅子をまとめて手早く撤収する。午前中に跡形もなく消えてしまうのである。朝食専門店というベトナムならではの形態だ。ベトナムでフォーやお粥のようなしっかりした朝ご飯を食べる度に、日本でも同じものが食べられたらいいのにと思う。同時に、朝外食が根付かないボトルネックがどこにあるのか考える。時間がもったいないから?なら出社時間を10時にして、ランチはサンドイッチで手短にすれば辻褄が合う。いや、何か違う気がする。きっと朝はみんな焦っているのだ。だから仕方ない。

さて、ハティエンで見どころと言えばタックドン洞窟寺だ。街から北へ4㎞ほど、セーオムで片道30kDかかった。若いドライバーは親切で英語を話すのだが、それが多少煩わしい。客のお金にしか興味のない正直なドライバーが僕は好きなのだ。明日の予定とか聞かずにさっさと目的地まで送り届けてくれればいいのに、とつい考えてしまった。
タックドンは聳え立つ洞窟寺で内部が鍾乳洞になっている。ところどころ外に通じる開口部があり、風が吹き抜けると鍾乳洞内部で反響して妙な音を立てる。隙間から覗くと北側にはカンボジア側の平原が見渡せ、西の彼方にはかろうじてフーコック島が認識できる。カンボジア国境まではわずか2km。乾いた空と緑の乏しい大地が、いよいよ来たるべきカンボジア旅の始まりを告げていた。それは即ちベトナム旅の終わりに他ならなかった。

町へ戻りドンホー湖畔でコーヒーをしていた。トーチャウ川を遡ると、市街地を抜けた後に大きな入り江を形成する。これを現地ではドンホー(東湖)と呼んでいる。湖畔に浮かべられたカフェでゆらゆら揺られてスアダーを飲んでいた。最後のカフェスアダーかと思うと淋しく切なかった。
日本で殆どコーヒーを飲むことのなかった僕がまさかコーヒー好きになるとは思いもしなかった。今まで胃の調子が悪くなるからと敬遠していたのだが、ベトナムでは1日2杯以上飲んでもまったく平気だ。材料を買って日本でも作ってみようか。そう考える人は多いようだが、再現は難しい。理由はわからない。新鮮な豆でないとあの風味が出ないのか、練乳が違うのか、はたまたベトナムの風土で飲むから美味しく感じるのか。だから悔いが残らないよう、ベトナムにいる間にたっぷり飲んでおこう。

ランチはブンだ。ベトナムで麺と言えばフォーが有名だが、実際多く食べられているのはブンというすでに茹でられた麺だ。これにタレとエビ、豚、団子などの具を、ぶっかけうどんの要領で混ぜて食べる。これもまたうまい。この店が当たりだったので、揚げ春巻きと団子をテイクアウトした。ベトナム料理=生春巻きのように思われているが、揚げ春巻きの方が複雑かつ絶妙な味わいで美味しいと思う。

部屋へ戻りサボンを食べていた。大きいので一個まるまる食べきれずに余りが出る。しかし小さな冷蔵庫には収まらない。これは大きな問題だと考えていた。この部屋の最大の欠点は蟻だ。クッキーのかけら、ペットボトルの飲み残し、果物、ありとあらゆる物に蟻は群がる。放っておいてくれる、ということはまずない。彼らの生態を観察するにこうだ。大方の蟻は無秩序に歩き回っているのだが、たまたま餌を見つけると巣へ持ち帰る。そうすると彼の戻った経路が道しるべとなり、どっと他の蟻が餌に押し寄せる。ということは最初の一匹の侵入を許してはいけないということだ。
サボンの残りをどうやって防衛するか苦慮していた。蟻の嫌うのは洗剤類だろう。そこでサボンを取り囲むようにシャンプーの液を環状に撒いて、更にその外側にシャンプーをしみこませたトイレットペーパーで土手を作った。これならば蟻は容易に中に入ることは出来ないだろう。こうして同日の夜までサボンは蟻に侵食されずに耐えた。

午後、最後の両替をするためにベトコン銀行に赴いた。行員の女性は、僕が日本人だと知ると「日本で大きな地震がある時に旅行していて大丈夫なのか?」と聞いてきた。この質問に僕はどう答えたのだろう?聞かれた時のシーンは鮮明に覚えているが、自分がどう言ったかがまるで思い出せないのだ。動揺して頭が白くなってしまったのかもしれない。

部屋へ戻って昼寝をする。ベトナムの生活リズムにもかなり慣れた。昼休みに文句を言うようなことはもうしない。日が沈みかけて少しずつ暗くなっていく夕刻、外に出た。
町はのどかでとにかく落ち着く。メインストリートには屋台や食堂が並び、さながら夏祭りのようだ。バイクは少なく人も談笑しながらだらだらと道を歩いている。
自転車の後ろに4人ほど乗れる台車を付けたシクロを見かけた。こののろまな乗り物を利用する人がいるのだろうか?
と思うと、小さな子供二人を連れた若い母親が台車に乗り込んだ。シクロはゆったりと進む。子供たちはじゃれあい、母親は見守るように微笑みながら通りを眺めていた。彼女の長い髪が生暖かい風に吹かれて舞った時、ハティエンにもっといたいと思った。
夕食は昨日と同じカルビ丼を食べた。お腹の痛みと不快感が今夜は消えている。ようやくにして下痢が止まった。