こふん日記

2011年の旅行記 メコン編、中央アジア編、チベット編

中央アジア39 出発 パミールハイウェイday1

2011年8月1日

その日は朝7時に起きて、部屋でヨーグルトと桃ジュースとポテトチップスという変な組み合わせの朝食を済ましロビーで車を待った。9時過ぎにやってきた三菱パジェロに乗り込み、残りの3人であるナヴィルとフランス人カップルを拾いオシュを発った。

今日の目的地はタジキスタンの湖畔の村カラコルだ。明日の目的地ムルガブまでは決まっているが、その後どうするかは未定だ。パミール高原を抜けるかワハーン回廊まで出るかという選択肢がある。まずは2日分の交通費62.5ドル相当の2768ソムを前払いした。ちょっと痛い出費だったが公共の足が見つからない以上は仕方がない。

オシュから南に向かうと人も車もめっきり少なくなり、ロバに跨る遊牧民をたまに見かけるくらいだ。道は草原にうねりを描きながら切り抜けるように作られている。パジェロのドライバーはカーブを減速せず右に左にグイーンと遠心力をかけて疾走するのが好きなようだった。この地域ではそれが当たり前だが、抜きんでて荒っぽい飛ばし屋だ。

やがて草原地帯を抜けると川原に出た。川原と言っても水量は少なく小石がごろごろ転がる涸れ沢で、周囲を赤い肌の岩山で囲まれている。この涸れ沢沿いの緩やかなスロープを登っていく。標高を上げていくと草は寂しくなり遊牧民の姿もまばらになり山容も険しさを増す。山岳地帯に入るとつづら折りの坂道が始まる。かなり息の長い登りが続いた。峠の標高は3600mだった。峠から下り始めると南側の視界がきれいに開け村が現れた。

村の名はサリタシュという。サリタシュからは南のタジキスタンに向かうM41と東の中国に向かうA371が枝分かれをしている。交通の要衝であるはずだが、村はお世辞にも栄えているとは言い難い寒村だ。ただスケールの大きな風景が広がっている。南には7134mのレーニン峰を最高峰とする山脈が聳え、南西のタジク方面は無人荒野が広がる。夏のシーズンであるにも関わらず草原はかなり瘦せていて耕作地は存在しない。サリタシュ自体が標高3200mの過酷な自然環境にある。この寒村の主産業は麻薬ビジネスだという噂があるそうだが、すんなり合点してしまうような雰囲気があった。

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サリタシュを過ぎた後、ドライバーは更にギアを上げ南の山脈に向かって突進を始めた。サリタシュ以南の道路状況はとても悪かったのだが、ドライバーはまるでカーチェイスかラリーでもしているかのようだった。振動で車体が宙に浮き、斜めに着地する度にタイヤは横滑りし道を踏み外しそうになる。いつか事故が起こる予感がして僕は怖かった。あと何日かこれが続くと想像すると頭が痛かった。

キルギス側国境には13時に到着した。昼食休憩のせいでゲートは閉まっていて、開くのに1時間待った。出国手続きはあっけなく短時間で終わり、タジク側に進む。さてこの国境とタジク側国境の間には広大な緩衝地帯は広がっている。そして不思議なことに、この緩衝地帯に民家があるのだ。我々は民家で昼食を取った。パンとヨーグルトだけの質素な食事だが、新鮮なヤクのバターは思いのほか美味しかった。何かこういう飾り気のない素朴な食が、旅の隠れた醍醐味であるように思うことがある。

民家から30分ほど峠道を登ったところにタジク側のボーダーがあった。プレハブ小屋だけの簡素な施設だ。パスポートをチェックする場所が3か所あり、一人ずつ赴いて手続きを済ませる。車外に出ると風が強く、凍えるように寒い。少し頭痛とめまいもした。このあたりの標高は4000mを越える。軽い高山病かもしれない。手続きに45分かかって無事タジキスタンへの入国を果たした。

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夕刻に入る前の明るい時間に湖畔の村カラクルに到着した。国境と比べると、いくぶんか日射しが暖かく感じられた。カラクルは日干しレンガで囲まれた背の低い家が数十軒~100軒ほど並ぶ小さな村だ。空は青かった。カラクル湖は遠くから眺めると濃いブルーだが、近くで見るとさほど透明度は高くない。塩湖だそうで水を口に含むとほんのり塩気がする。波打ち際には白い塩が吹き出ていた。湖水が使えないため村には井戸がある。ドライバーが言うには日本人が作った井戸だそうだ。村は静かで人の気配を感じない。自分の砂地を踏みしめる音だけが響く。なぜか遠くの足音が不思議なくらい近くに感じられる。すぐ背後に人がいると思って振り返ると、はるか遠くを歩く老婆だった。何かこの静寂が重苦しかった。

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宿で夕食を済ませ横になった。到着時にはそれほどでもなかったのだが、夜が更けるにつれて頭痛がひどくなってきたせいで眠りに付くことが出来なかった。おまけにトイレが近いのが恨めしい。夜3時に外に出た。風が夕方と比較にならないくらいに冷たい。身震いが止まらなかった。その代償のように、空を見上げると星たちが一面に眩しく輝いていた。つい昨日まで熱気に満ちたオシュにいたことが幻のように思われた。