こふん日記

2011年の旅行記 メコン編、中央アジア編、チベット編

ベトナム縦断26 フークォック島へ 2011年3月9日

2011年3月9日 

6時半に起きた僕は、パンをかじりながら窓の外を眺めていた。
一体ここはどこだろう?
唯一の手掛かりは、目の前の大通りがグエンチュンチュック通りだということだ。街の中心はどっちの方向で、どれくらいの距離なのかは分からない。今日はこれから街へ出てそしてフェリー乗り場へ向かう予定だ。まずはガイドブックで「Nguyen Trung Truc Street」を探す。もし見つかれば大きなヒントになる。ベトナム語は慣れないので、地図の細かい文字を探すのは少し骨が折れる。1分ほど地図とにらめっこをして、町の南側に「Nguyen Trung Truc Street」を見つけた。この通りは南からやってきて、市内を流れるカイロン川を渡るとレロイ通りと名を変え消滅する。ということは「Nguyen Trung Truc Street」をずっと北上すると町の中心に出るはずだ。あとは、今いる地点と中心を結ぶ公共バスの有無だ。パンをかじりながら、引き続き通りから目を離さず観察を続けた。すると目の前を循環バスが通過した!
町まで出られることを確認した僕は、すぐさま宿をチェックアウトし、循環バスに乗り込み20分ほど揺られてラックザーの中心まで出た。そのままフェリー乗り場へ向かった。するとフークォック島行きのフェリーがそろそろ出発しようとするところだった。ただ僕はチケットを持っていない。チケット売り場も閉まっている。一方、波止場では既に乗船手続きが始まっていた。そこでどさくさに紛れて乗り込もうとした。乗り込んでしまえば降ろされることはないだろうし、船内で払えばいいと思ったからだ。しかし、チケットの確認が予想以上にきっちりしていて係員にぐいと押し返されてしまった。
そこで乗船手続きが済んでスタッフの監視が緩んだところを狙って再度トライしようと考えた。しかし少し離れたところで見ていると、欧米人の二人組が何やらもめている。彼女たちは「お金を払ったのに乗れないなんて」と言っている。どうやら満席なので次の便に乗るように促されているようだった。チケットを持っている人が乗れないならば、持っていない僕が乗れるはずがない。諦めてこの場を離れた。
さて、そうこうしているうちにチケットオフィスが営業を開始していた。空席を確認すると、今日の午後便があるよとのことだった。13時発295kD、13時半発275kD。両者の違いは分からなかったが早く着くに越したことはないので13時発の便を選んだ。
それまでラックザーを観光することにした。バックパックが邪魔なので、泊まっていた宿に預けに行った。町へ引き返す途中、カフェを発見したので途中下車した。オープン席と中庭を合わせると100席はありそうな大きなカフェだ。中庭席に腰を下ろし、練乳入りアイスコーヒー、カフェスアダーを注文する。もう作り方でまごつくことはない。アルミカップからコーヒーを抽出されるのをゆっくり待ち、十分出切ったところで氷の入ったグラスに一気に注ぐ。そしてよくかき混ぜる。これはただの甘いアイスコーヒーではない。口に広がる芳醇な香り、雑味のない苦さ、嫌みのない甘さ。カフェスアダーはやはりカフェスアダーとしか言いようがない飲み物だ。一口一口惜しむように飲んでいく。欲望に任せてズズッと一気にすすらないよう制御する。そよ風に吹かれながらカフェスアダーを飲む朝は、ベトナムに来てよかったと思えるひと時だ。

しばらくゆっくりしてから町に出る。ラックザーの町は賑やかだがごみごみしていない。表通りも裏通りも気持ちよく散策できる。こういう風に歩くことを楽しめる町はベトナムでは貴重だ。アオザイモイ2という食堂でコムガー(鳥載せご飯)を注文した。ここのコムガーはなんと唐揚げ載せだった。しかもどういう訳か、フグの唐揚げの味がする。付いてきたスープも白湯鶏ガラスープですごく美味しい。美食大国ベトナム恐るべし。
ラックザーでのんびりしていると時間があっという間に過ぎていく。ホテルへ荷物を取りに戻って船着き場へ急いだ。12時40分、なんとか間に合った。船は13時ちょうどに出発した。
高速船の船内は近代的で快適だ。デッキへ出てみた。雲一つない晴天だ。日射しがひりひりするくらい強い。水面は光をきらきらと反射している。西洋人の乗客も多く、リゾートへ向かう期待感でテンションが上がっているように見える。陸路でばかり移動してきた僕にとっても、海を渡って島に行くのは新鮮で緊張していた。
2時間ほどすると前方後円墳を横からみたような形の島が見えてきた。フークォック島は南北に細長く、淡路島を反時計回りに135度回転させたような形をしている。島の面積は574㎢のはずだが、地球の歩き方ロンリープラネットも1320㎢としているのが不思議なところだ。島の中心は西海岸のユーンドンで、ガイドブックによれば船は島の南端アントイに到着することになっている。しかし高速船は島の真ん中を目指して西に向かい、とうとうガイドブックにない東海岸の港に停泊した。これはちょっとした想定外だった。ここからの島内の移動、宿探しはどうしたらいいのか皆目見当が付かなかったのだ。
船を降りると、待ち構えたように客引き達が猛然とタックルしてきた。一人旅の僕は格好の餌食だ。みんなバックパックを掴んで僕を自分のところに連れて行こうとする。しかし誘いに乗るわけにはいかないのだ。どれかのバイクに乗ると、泊まるホテルが自動的に決定してしまう。貴重な島の滞在をそんな形で決めたくないのだ。
他の旅行者がどうしているか観察してみると、彼らの大部分はシャトルバスに乗り込んでいる。そういえば船内でバスのチケットを販売していた記憶がある。このシャトルバスのことだったのか?僕はこれを無視したが、タクシーと客引き以外では唯一の交通手段のようだ。僕は慌てて乗り込んだ。チケットがないと追い出されるのではないかとハラハラしたが、無事バスは発車した。
このバスは、島の中心街であるユーンドンに到着した。ユーンドンは海から離れており、特に面白みのない場所である。泊まるなら海の近くがいいに決まっている。ロングビーチと呼ばれるメインビーチはユーンドンから南にかけて広がっているはずだ。コンパスを頼りに車道を南へ歩いてみた。だが、どれだけ歩いても海が見えず、山道が延々と続く。
僕は根拠なく、長いビーチに沿ってメインストリートがあってホテルが立ち並んでいるものと想像していた。しかし実際の地形は丘陵がちでビーチサイドストリートなるものは存在せず、ホテルは車道から脇道に入ったところに点在していたのだ。それを考えると、チャーコビーチ並みに広大なロングビーチの宿を、徒歩で探し回るのは徒労に終わる可能性が高い。途中で見つけたレンタバイク屋でバイクを借り、宿を当たることにした。
1軒目:ラムハ 18ドル ビーチから距離がある。
2軒目:ビーチクラブ。海に面した部屋は満室。隣接する、ビーチから離れた部屋は30ドルで狭い。バンガローは35ドルもする。
この二つはフーコック島ロングビーチで最安値の宿である。僕が出せる値段で、海に面した快適な宿を見つけることは難しいと判断した。おとなしくラムハに決めた。ユーンドンに着いてから2時間以上彷徨っていたのだろう。もう日が沈みかかっていた。知らない土地での宿探しは本当に疲れる。
ビーチサンダルに履き替えて5分ほど歩くと海に出た。この砂浜には一軒のレストランがある。客はいなかったが注文は可能だった。コーラとイトヨリのガーリックホイル焼き。あれこれ頼むと値段が吊り上がりそうだから、出来るだけ品数は限定する。100kD以下で済んだし、美味しいけれど、このスタイルの食事がずっと続くのはしんどいなと思った。
あと、フークォック島に来たからには海に入らなければならない。腹を満たしてから、新月の暗闇の中をひとり泳いだ。海に入った瞬間、怖いと本能的に感じたが、それでも泳ぎ続けて心を慣れさせようとした。水は少しぬるい目だが、海中の様子は殆ど分からない。足が付かなくなったあたりで、それ以上沖に進むのはやめにした。仰向けになって浮かんでみると黒い空が見える。改めて旅は孤独だと思った。