こふん日記

2011年の旅行記 メコン編、中央アジア編、チベット編

カンボジア9 シェムリアップへ

2011年3月22日

アンコールの町シェムリアップが都たり得たのは、ひとえにメコン最大の湖トンレサップ湖のおかげである。
バッタンバンを流れるサンケ側は北東に向かいトンレサップ湖流入する。流出路は南東方向のトンレサップ川で、プノンペンメコン川と合流する。トンレサップ湖が特異的なのは、雨季になりメコン川の水位が上昇すると、逆流して水がトンレサップ湖に流れ込むのである。結果、乾季には水量が1立方キロに干上がる湖が雨季には80立方キロまで膨れ上がる。この溢れかえった水を乾季に備えて貯留する水利施設の発展がアンコール朝を支えた。彼らは寺院に隣接してバライと呼ばれる貯水池を作った。このバライをタイの東北部コンケンで見た時は、アンコール朝の版図の大きさに改めて驚かされたものだ。

今日はトンレサップ湖までサンケ川を下る。雨季なら5時間、乾季は10時間かかるのが相場だ。水量が少ないとスピードを出せないためだという。チケット売り場では7時間くらいと教えられた。シェムリアップからバッタンバンへ来るのは10時間かかるが、バッタンバンからシェムリアップは乗客が少なく早く着くそうだ。そう信じたい。値段は20ドル(=1600円)と高い。むろんこれは外国人料金だ。直線距離にして100kmに満たない移動にこれだけ払うのは、このボート自体がいつの間にか観光船になってしまったからである。地元民は30kR=600円が基本だが、どういう訳か10ドル払わされている人もいる。相手の懐具合を見ながら細かく料金設定を行っているようだ。
乗客が少ないという話だったが、小さなボートにどんどん乗客が乗り込んで最終的には30人に膨れ上がった。足を広げるすき間がないほどにすし詰めなのが辛い。行きは7時間、帰りは10時間というストーリーは完全に崩壊したと思った。
船は7時に出発した。川沿いにはヤシの木が生い茂り、その隙間に簡素な高床式住居が建っている。身近に手に入る材料で上手く作ったものだと感心するが、細く長い木で支えられた家屋は少し力が加わるとグラグラしそうで心配になる。水はカフェオレくらいに茶色く濁っているが、そんなことはお構いなく村人は川で洗濯をしている。裸で水遊びをする子供たちがこちらに手を振ってくると、思わずこちらも手を振り返してしまう。無邪気な子供を見ると、都市と地方のどちらが良い教育環境なのかを考えさせられる。ただ頭まで浸かっているのを見ると衛生観念のなさが心配になる。

しばらくするとヤシの木が見えなくなり、人工的に掘られたような浅くてくねくねとした水路を下っていく。川下りと言うより運河巡りといった風情に変わる。曲がった場所では必ずと言っていいほど土手に乗り上げるので、櫂で船を川へ押し戻す。それでも動かない場合は、男たちが川へ降りて手で船を押し戻す。浅いところでは水深80cmほどしかないので船で進むのは無理がある。歩いた方が早いのではないかという疑問は出来るだけ考えないようにした。

11時半に水上家屋で休憩となった。売店があったのでかっぱえびせんを買って食べた。もう少しで着くと乗客たちは話していたが、実際はここがちょうど半分だった。人は楽観的な話ばかりを聞きたがる。この辺りからは川幅が広くなり、水上家屋がぽつぽつと現れてくる。水量は増えて真っ直ぐ進めるようになるので土手への乗り上げはなくなる。その代わりにお化けみたいな蓮の葉の大群が行く手を阻む。かきわけてというよりバリバリと切り裂くように進む。蓮の葉が船体に当たって軋む音を立てる度に、いつか船に穴が開くのではないかとハラハラした。

で結局9時間かかって16時にトンレサップ湖に到着した。時間と体力は消耗するが、景色は変化に富んでいるので飽きることはなかった。船着き場はシェムリアップ市内から10kmほど離れており、船の到着に合わせてトゥクトゥクやバイタクのドライバーが待ち構えている。1ドルでどこでも連れてってやるよと言う甘い言葉には要注意だ。条件としてアンコール遺跡のガイドを頼まないといけないからだ。ガイド抜きで行ってくれるトゥクトゥクをなんとか探して、町まで3ドルで行ってもらった。シェムリアップではとある日本人宿に泊まった。9ドルでエアコン、ホットシャワー、朝夕の食事付き。部屋の清潔さ、収納の充実を考えても破格の値段だった。