こふん日記

2011年の旅行記 メコン編、中央アジア編、チベット編

カンボジア5 バッタンバン

2011年3月19日

プノンペンには3泊した。王宮や丘の寺、マーケットなど観光地も訪問したのだが割愛する。キャピトルレストランには度々お世話になり、何を頼んでも付いてくるフライドポテトは胃もたれするほど口にしたが、それでもなぜ「キャピトル」なのか答えは分からないまま次の目的地に向かうことになった。
カンボジア第二の都市バッタンバン。それが今日の行き先だ。ツーリストバスはキャピトルホテルのすぐ横から出発する。ツーリストバスと言っても殆どがカンボジア人で、一人だけ見かけた西洋人もカンボジア語を喋っていたからNGO関係者と思われる。バスは休憩がやたらと多く、4時間の予定が6時間かかって午後3時に到着した。
どれだけバッタンバンに滞在するかまだ決めていない。カンボジア随一の米どころ、という以上の情報は持っていないし、バッタンバンでの予定も特にない。いい街だったら長く滞在したいし、合わなければ長居は無用だ。それは実際に街を見てから判断しようと考えていた。
さてバスを降り立った。そして南へ向かって歩き始めた。その瞬間、バッタンバンの暖かい風を感じた。街全体に、えも言われぬ穏やかな空気が漂っていたのだ。僕は3泊することを決めた。

宿探し1軒目:ロイヤルホテル。12ドルの部屋は狭くてイマイチ。18ドルの部屋は広いしエアコン付きで更に南向きのバルコニー付きだった。ただプノンペン中心の中級ホテルが20ドルだから地方都市にしてはやや高い。値切れるか聞いてみると、「いくらなら払える?」と逆に質問してきた。この質問は曲者だ。相場を把握していないか、騙そうとしているかのどちらかだからだ。例えば彼の考える「定価」が15ドルとしよう。ここで14ドルと言っても14ドルにはならない。逆に16ドルと言った場合、定価が15ドルであることは隠して16ドルに決まってしまうだろう。そこで僕はいやらしく「12ドル」と答えた。このベランダ付きの素敵な部屋が18ドル→12ドルにならないことぐらいは分かっている。ただ彼はいくら払えるか聞いてきたので、その通りに答えてみたのだ。
「そんな安くなるわけないよ、最低14ドルだよ」
「僕が払えるのは12ドル。ほかを当たるよ」
そう返事をすると、彼は必死に僕を説得しようと説明を始めた。でも「いくらなら払える?」の言葉が出た時点で僕の心は決まっていた。14ドルでも十分すぎるくらいお値打ちだけれども、彼の必死さからしてその損失を埋めようと画策する可能性が怖かった。それに一人旅には贅沢すぎる部屋だったのだ。
2軒目:Luxホテル。突き当りの三角形のシングルルームを紹介された。12ドル。3泊するなら11ドル。もう少し広い部屋があるか聞いてみると、「ツインルームになるから高くなる。シングルルームはここだけだ。」と明快な返事だった。必要最低限あれば十分だ。ここに決めた。

街に出た。街と書くべきか町と書くべきかいつも迷う。定義自体をよく知らない。バッタンバンはお世辞にも都市とは言えない規模であるが、雰囲気は街と呼びたくなるものを持っている。フランス植民地時代の瀟洒な建物が、おそらくカンボジアのどこよりも良い状態で保存されている。同じ様な建物はプノンペンにもあったのかもしれないが、ここでは他の物の中に埋もれることなく主張している。屋根、ベランダ、色合いのいずれもが統一感を持って洗練された街並みを形成している。通りは広く清潔で、車やバイクに占拠されることもない。そしてカンボジア特有の緩やかな時間が流れている。どこかノスタルジーを呼び覚ますような空気がある。

何をするわけでもなく街を歩いた。市場でバゲットサンドを買う。個人的にはベトナムのお化けみたいに大きなバゲットよりも、カンボジアバゲットの方が真正で美味しいと思う。
宿に戻った。西向きの部屋からは林に沈む夕日がきれいに見えた。夕食はホワイトローズという店に赴いた。バッタンバンと言えばホワイトローズというくらい有名なレストランだ。半数以上が旅行者だが、地元客も多い。僕は春巻きと豚胡椒チャーハンとビールを頼んだ。合わせて6ドル。知らない間に食の相場が上がっているが、そこは目をつぶろう。胡椒チャーハンは、ただの胡椒ではなく、なんと枝付き胡椒だった。枝を手に持ち胡椒をこそぎながらチャーハンを口に運ぶ。しびれるような辛さと鼻に抜ける香りが痛快だった。

酔い覚ましに街を歩く。夜の街もきれいだ。治安も問題なさそうだった。雰囲気である程度治安は判断できるという前提での話だけれども。

さて部屋へ戻ると問題が起こっていた。エアコンが付かなくなっていたのだ。すぐレセプションに報告した。チェックするとの返事だったが一向に来る様子はなかった。気付かないうちにそのまま眠っていた。汗だくで24時に目覚める。エアコンはやはり付かない。今夜はエアコンなしで寝るほかないようだ。シャワーで汗を流して、窓を開けて寝ることにした。困ったことに、この窓には網戸がなかった。窓を閉めっぱなしにするか、開放して蚊が入り放題になるか。僕は後者を選んだ。気休めに蚊取り線香を焚いた。
それでも暑くて寝苦しかった。外はほぼ満月で明るかった。林は虫の音でにぎやかだった。昔の日本の夏を思い出させるような夜だった。